『新蔵人物語絵巻』注釈 第六段落

『新蔵人物語絵巻』注釈 第六段落  

 

【原文】

 

  兄の蔵人は嫡子なれば、二十ばかりにも多くあまりぬ。さのみやもめ住みにてもあるべきならねば、殿上人ほどの人の娘を迎へぬ。かすかなるさまなれども、さすが何事も品ある人にて目安ければ、心ざし深くて住み侍りける。

  一.人は思ふやうならぬこともあれども、この御兄弟どもほど、めでたきことはな

し。(上臈)

  二.御一人、何事を仰せらるる。(上の御介錯二条殿)

   

  添ひまゐらせ候ひてより後は、他へも立ち出でたくもなし。御所へ参るも物憂き心地して。(蔵人)

 

【現代語訳】

 

  兄の蔵人は嫡子であり、二十歳のほどもいくらか超えてしまった。連れ合いのいない一人住みばかりを押し通すべきではないので、殿上人くらいの身分の人を妻に迎えた。暮らしぶりはささやかな様子であるが、そうは言ってもやはり何事にも品性があり感じのいい人なので、蔵人の妻への思いも深く、結婚してともに暮らしなさった。

.人は思うようにならないこともあるが、このご兄弟たちほどすばらしいことはない。(上臈)

.あなた様一人で何を仰っているのでしょうか。(上の御介錯二条殿)

 

夫婦となり申し上げてから後は、他へ外出なんてしたくない。御所に参るのも面倒な感じがする。(蔵人)

 

【解釈と鑑賞】

 

 〇さのみ

  『時代別国語大辞典』より、副詞「さ」に助詞「のみ」の付いたもの。その状態ばかりを押し通すさま。

 〇やもめ住み

 『室町時代の少女革命』より、男女問わず、連れ合いの無い一人住みのこと。

 

 

〇上臈

 『時代別国語大辞典』より、高貴な家柄・身分の出であること。また、そのひとを指す。特に、宮中に仕える女房のうち、上流の家柄出身の人を言う。上臈女房とも、

〇かすか

 『室町時代の少女革命』より、細々とした暮らしぶり。 『時代別国語大辞典』より、世俗的にみれば満たされておらず、さえない状態、様子。

 

 蔵人について

 二段の部分で蔵人の人柄や品性は褒められているが、六段でも改めて褒められていることが分かる。褒められるほど、七段で書かれる蔵人の様子が残念に思われる。蔵人の結婚と職務怠慢は新蔵人を帝と近くさせるために必要なものだが、それだけの理由で二度にわたって褒める必要はないと考える。こんなにも蔵人を褒める理由が後段の彼の人柄に表われるのかと思えばそうでもない。十二段を見ると、蔵人は妹の出家の相談について、よいことだと思う気持ちよりも、奉公の代わりをこれからしてもらえないことを残念に思う気持ちの方を意見として強く述べている。蔵人への評価の高さは、帝に仕えることができ、自分より身分の高い人と結婚できる優秀な人材、という設定ゆえに作られたものであり、それ以上でもそれ以下でもないと考える。

  画中詞について

 上臈の画中詞における言葉は当時の蔵人の評価をまとめたものであろう。これに対し上の御介錯二条殿は何を一人でしゃべっているのかと揶揄するか不思議に思うかのような言い方をしている。この会話は通常行われるものだと考えると不自然であり、読者に向けて喋る、あるいは喋らされている上臈と、そうではない上の御介錯二条殿のやりとり、と考えると自然であろう。上臈の言葉は現代においてよく見られるメタ発言(物語内部で登場人物が物語内部では知りえるはずのない情報に言及したり、文章の読み手や視聴者などを対象とした発言を行うこと)に近いものであると言えるだろう。また、上の御介錯二条殿の反応はメタ発言の返しとしての常套句である。物語の作り手と受け手の間で発生するコミュニケーション文化が、この時代にはすでに存在していたのだと言える。

 

【参考文献】

阿部泰郎監修『室町時代の少女革命』(笠間書院 二〇一四年)

室町時代『時代別国語大辞典 室町時代編』(三省堂 一九八五年二〇〇一年)